2007年10月17日

星の音

 風が吹いてきたのかなと窓を開けると、聞こえてきていたのは葉ずれの音ではなく、雨の音であった。
 久しぶりの夜の雨である。

 雨粒が、地をはねかえり、街灯のあかりにきらきら光るのを眺めている。
(ああ。あれは星だな)
 と、わたしは感ずる。
(星が降ってきているな)
 わたしは少し戯れている。
(昨夜あなたが見上げた星が、)
(……いま、わたしの街に降ってきている)

 窓を閉めきってはしまわずに、わたしは椅子に座り、ぼんやりとしている。
 夜の雨の音を聴いている。
 昨夜のあなたの星の音を。
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2007年09月15日

濡れる・さらわれる

 海に向かって、川沿いをずっとずっと歩いていった。

 二時間かけて辿り着いた。
 とんぼの飛ぶ姿をぼんやりと見つめて、砂浜に腰を下ろして、持参したおむすびを口に運ぶと、そのとき、やっと風が吹いた。

 目を閉じると、不思議な気分になると気付いた。水の音が、ごく近くに感ぜられる。
 砂浜で、目を閉じて、波音を聴く。
 わたしは海の水に濡れてしまう。わたしは波にさらわれる。
 そして、目を開ける。水面から、ぷはっと息継ぎするため、顔をあげるようにして。

 砂浜で、しばらくただ坐っていた。

 二時間かけて、帰宅した。
posted by bkntmrg at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

きのうの夕焼け

20070909sora.jpg 昨日は、体調がすぐれない一日でしたが、しかし夕方になって、少し元気が出ました。PC の電源を on にしてメールのチェックをすると、うれしいメールが届いていました。思わず、散歩に出かけました。

 最近のわたしは、なぜか始終、上の空で、周りのものが見えなくなっているようなのですが、それでも気付きました。立ち止まって見上げました。
 (ああ、空って、こんなに広かったっけ。空って、こんなに綺麗だったっけ)

 昨日は、夕焼けの空を見ました。あかく染まる、雲を見ました。
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2007年08月12日

夏の夜

 なりたいようになれるかは、わからないけど、なるようには、なるもんだよ。
 そう言ってくれたのは、あれは、誰であったかな。

 夏の夜には、夕顔の花がひっそりと揺れ、その横で、わたしは空を見上げている。
 小さな星をさがしている。大切な人を、想っている。
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2007年06月26日

B 氏

 生きることが、あまりにつらいので、B 氏に思わず話しかけている私でした。
 (ねぇ?)
 ぼんやりとどこかを見つめたままの Brain 氏に、私は自分の存在を思い出させるため、少し大きめの声を出して言うのでした。
 (ねぇ?)
 (うん)
 (ねぇ、B さん)
 (うん。聞いてるよ)
 ぼんやりとどこかを見つめながら、B 氏は返事をくれました。
 (ねぇ、B さん)
 (うん)
 (生きることは)
 (うん)
 (みな誰も)
 (うん)
 (こんなにつらいですか?)
 私は B 氏の表情を見ずに、続けるのでした。
 (生きて、いかなくちゃだめですか?)
 B 氏の心が、ことりと音をたてて動くのが、私にはわかったのですが、しかし私は気づかないふりをするのです。
 (ねぇ?)
 (うん)
 (だめですか)
 私はまた、目をふせました。
 (うーん……)
 B 氏が、戸惑い言葉を失っているのが、私にはわかるのですが、私は気づかないままでいるのです。
 (だめですか?)
 (どうして?)
 すると Brain 氏が、静かに言いました。
 (うーん……。君はどう思うの)
 ずるい、と言い返したい私の心を、止めるのもまた私の心なのです。
 (ずるい)
 でもやっぱり、つい言ってしまう。
 私は PC の電源を落とし、布団をしき、部屋の電気を消して、そして B 氏に言うのでした。
 (おやすみなさい)
 B 氏は、戸惑ったまま、言葉を失ったまま、ぼんやりとどこかを見つめて、こう言いました。
 (うん)
 B 氏は言いました。やさしい声で。
 (おやすみ)


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2006年12月30日

一拍

白か黒か、出来るだけ早く見極め、決めてしまいたい。そういう"若さ"から、私は離れてしまったようだ。気付けば全ての物事に、一拍おいてから反応するようになっている。それは意識的にも、無意識的にもだ。結果、取りこぼすものも多く出来たが、それはそれでよい。◆白か黒かそれとも灰色か。それを時が教えてくれる。私は待つようになった。◆水は高きから低きへと、もっとも相応しい良い場所へ、流れていく。その場所に沁み、そしてまたどこかへと行くのだ。姿を変え、呼ばれる場所へと。◆私は待つようになった。私は待つことに慣れた。
posted by bkntmrg at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 笹舟にのせて… | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

通りのすみで

 これを書いたのは、2001年夏のこと。もう五年も前のことですね。
ただ風が ここちよいよ
それだけが
僕の楽しみ
 これはわたしが書いた、「さよならのうた」という詩のなかの一節です。

 わたしはこの言葉、この詩を思い出すとき、いつでも驚いてしまうのです。過去に放った自身の言葉が、いくらかは年を重ねた今になってもやはり、"本当の言葉"であることに。うれしさとさみしさとの、ないまぜの心で、わたしはこの自分の詩を読みます。

   ★

 俳句にはまったく詳しくないのですが、ただひとつ、そらで覚えている句があります。
浮浪児昼寝す「なんでもいいやい知らねえやい」  ―――中村草田男
 bkntmrg の心のなかには、思春期の少女だけではなく、この少年のような人物もいるようです。北風も南風も吹きさらす通りのすみで、誰かに背を向け目を閉じる少年が。
 なんでもいいやい知らねえやい。
 これはとても静かな呪文のようなもの。かすかな祈りのようなもの。

   ★

 そう。ただ風が、ここちよいよ。わたしは風に吹かれたい。北風も南風も吹く道のうえで。
 わたしは眠りを眠りたい。静かな呪文、かすかな祈りで、いつか自分の孤独を埋めて、ぐっすり、眠りを眠りたい。
posted by bkntmrg at 02:52| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき | 更新情報をチェックする

2006年07月09日

ただひとり

20060709sora.jpg
posted by bkntmrg at 19:29| Comment(2) | TrackBack(0) | mの見た景色 | 更新情報をチェックする

2006年06月29日

川沿いを歩く

 愛の言葉が、ひとの心を深く傷付けることもある。夏の日のたそがれに、川沿いの道をひとり歩くとき、そんなことをよく考えている。川面には色を変えてゆく雲が映り、その間を、つがいの鴨が静かに流れている。風が草木を揺らし、葉擦れの音がした。風は私をも包み、私は立ち止まり、遠くを眺める。遠いところ、川の源流を。空の果てを。
 沈黙することが、愛であったのだ。川沿いの道をひとり、そんなことを思いはじめる頃、川面には街の夜の灯りが映っている。風に吹かれ、空を仰ぐ。私は帰路につく。
posted by bkntmrg at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 笹舟にのせて… | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

かわいそに

404883861X 田辺聖子さんの「残花亭日暦」を読みました。図書館でふと手にして、ぱっと開いたその頁にある歌がのっていて、それをすぐに大好きになったためです。わたしはその本を、立ち読みするのではなく、ちゃんと借りて、家でじっくり読むことにしました。
 最初にわたしの目に飛び込んできて、そして大好きになったという歌とは、こういうものでした。
「いささかは 苦労しましたと いいたいが 苦労が聞いたら 怒りよるやろ」

 重みと軽さを持つ、こういった表現に、bkntmrgは憧れてやまないのです。

 家に帰りつき、ちゃんと読み始めれば、この本は田辺さんの日常をえがいた日記エッセイであり、そして主には、夫との別れが綴られているということがわかりました。
 夫の入院、看病、死別。こう並べられると、かなしみや苦しみ、というものばかりが連想されるでありましょうが、この本にあるのは、そういうものではありませんでした。かなしみというのではない何ものかが、bkntmrgを涙ぐませました。それは、愛別離苦の共感、というものとは、少し違うのです。
 入院をしている夫のところへ、田辺さんが行きます。これは、夫の死の二ヶ月半前の日付の日記からの引用です。文中の"彼"というのは田辺さんの夫のことです。
 テレビの音は絞ってあって、病院内は静かだった。広い窓の外は半分、夕焼け。そんなつもりはなかったのに、傍の小椅子に坐り、おだやかな表情の彼を見るうち、子供のように顔が歪んで、涙が出てしまった。彼は私に目を当て、ゆっくりと一語ずつくぎりながらつぶやく。
<かわいそに。
 ワシは あんたの。
 味方やで。>
 ――ここでわッと泣ければよかったのだが私は涙が引ッこんで、思わず笑ってしまい、
<なにも五七五でいわなくてもええやないの、パパ!……それ、川柳のつもり!?>
 うるわしい夫婦愛の愁嘆場がお笑いになって、彼もにやりとした。そして再びいう。
<アンタかわいそうや、いうとんねん>
<?>
<ワシはアンタの味方や。それ、いいとうて>

 夫の来るべき死を思い、妻が泣いてしまう。それを見て、かわいそうや、と言う夫。こんなふうに解説すれば、とても重いですが、この夫婦のやりとりは、ひたすら軽さがあって、かつ思いやりに満ちています。bkntmrgは、本当に憧れてやみません。
 そして思わず、わたしは自分自身を想うのです。
 「かわいそに。ワシは あんたの。味方やで。」
 こんなふうに言ってくれる人が、傍にいてくれていたなら、いてくれるなら、どんなにかいいだろう。
 「残花亭日暦」は、田辺聖子さんの他のあらゆる著作となんら変わりのない、良い本でした。肩から力が抜けた、笑いと愛情の本。ある夫婦の、ある男と女の、別れの話。重みと軽さをあわせもつ、bkntmrgが憧れてやまない、人と人との繋がりの描かれた本でした。
posted by bkntmrg at 00:40| Comment(2) | TrackBack(0) | わたしの本棚から | 更新情報をチェックする
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