2009年09月04日

歌詞をつくる試み / 『あたたかな海辺の町』

 誰のなんという著書であったかは思い出せないのですが、それはエッセイ集でした。そのなかに、「あたたかい海辺の町」というフレーズがあって、その時、わたしは思ったのでした。これで作ってみたい。書いてみたい。
 詩ではなくて、歌詞です。メロディをつけるつもりで作った文字列です。

続きを読む
posted by bkntmrg at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2008年07月04日

勇気について

 空港の待合室だった。私たちはソファで寄り添って座り、出発の時刻までを過ごしていた。彼が胸をかしてくれた。私は彼の胸にもたれていた。瞼を閉じ、うつらうつらとしていた。
 その時のことだ。その時、私が考えていたのは、勇気についてだった。とくとくとく。と、彼の心臓の音が聞こえていた。

 自分ひとりが弱い人間だと思っているときや、自分ばかり強い人間だと感じているとき、私はいつも、さみしさに襲われる。だがたぶん、大丈夫なのだ、と思ったのだ。そうしてさみしさに襲われて、ひとり天を仰ぐときがこの先何度もあったとしても、私は生きていける。
 あの時の、彼の胸のあたたかみ、彼のあたたかな心臓の音。あの瞬間を、いつでも思い出せる。生きていける。いつか深い孤独を感じても。かなしみの波にのまれても。

 空港の待合室のソファだった。寒い季節だった。寄り添って座り、私は彼の胸にもたれて、あわい眠りを眠ろうとしていた。
 あの時、彼の心臓の音をきいて、そして、詩を書きたいと思った。彼の胸のあたたかみや心臓の音。そういう詩を書きたい。そういう、勇気についての詩を。
posted by bkntmrg at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2008年05月26日

料理をしたり、うたをうたったり

 家事をするときや散歩をするとき、わたしはうたをうたっていることが多いです。



 今日は料理をしながらうたっていました。といっても、今日公開している歌声は台所で録ったものではありません。
 Skype などで使っているヘッドセットのマイクで録音しました。録ったのは自室ですが、だいたいわたしはいつもこんな感じです。
 最初のほうに、よく聞くとネコの鳴き声が入っています。ちらかった自室に飼いネコもやってきて、しばらくそばにいました。わたしのうた、さすがに聞き飽きてると思うんだけど。

20080526gohan.jpg うたをうたいながら作っていたのは、空豆のスープ。トマトとたまごの炒め物。それと、ネギのサラダでした。
posted by bkntmrg at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

あの時のきみの

あの時のきみが
さがしていた言葉は
どんな言葉だったんだろう
行く場所がなかったことや
戻る場所がなかったことを
きみ自身は知っていて
だけど涙をながしていたのは
そのせいではなかったよね
あの時のきみは
どうしてさがしていたんだろう
言葉そのものがきみの
とまりぎになると
信じていたからだろうか
きみをすくいあげる手のひら
きみをやすませるゆりかご
きみをふるわせる波の音が
きみにとっては言葉そのもの
だったのだろうか
あの時のきみが
触れたかった言葉は
どんな言葉だったのだろう
あの時川沿いの道を
ひとり歩いていたきみを
わたしはふりかえる
あの時のきみ
きみをすくいあげる言葉
きみを満たす言葉
あの時のきみを
やさしくやすませる言葉を
わたしは今もさがしている

(2008/02/15)
posted by bkntmrg at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

白うさぎにおやすみ

白うさぎ
あなたの瞳が赤いのは
いきてることの うれしさに
なにひとつとして 見逃すまいと
まぶた閉じない からですか
それとも 瞳が赤いのは
素朴な誰かを想っては
いきることの かなしさに
涙をこぼし
夜を過ごす からですか

月の出ている晩ならば
青草のなか ぴょんとはねて
くるりと舞う あなたでしょうが
今夜は吹雪
巣穴のなか
ひとり 震えているのかな
白うさぎ
あなたのそばにいるからね
ろうそくの灯りの夢を見て
ぐっすりと おやすみ
posted by bkntmrg at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年12月08日

冬の季節

 萌えいづる若葉のように、心から言葉がつぎつぎと溢れ、書き綴っていた季節を、私は終えてしまったのかもしれません。
 すべてのものの流転を、それこそ目を細めるようにして、祝福している私もいるというのに、あるひとつの季節を終えたことを、痛みにも似たさみしさで、覚えている私もいるようです。

 誰に気付かれるわけでもなく、いつのまにか色を変え、微かな風にはらりと落ちる葉のような。私の言葉もまた、しばらくは、そんな冬の落ち葉のようであるでしょう。そんな気が、するのです。
 そして、憧れるのは、さみしい私の、冬の季節の言の葉が、私自身、それともあなたの、地をあたためる葉であったらいいなということです。
posted by bkntmrg at 00:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年09月29日

ノートから・詩「呼びかける」

 呼びかける

海に行って
くつをぬいで
両足 波に洗わせた
くりかえし、くりかえし寄せる水
かかとを 甲を 指先を
そっとなでて 引いていく
やがて わたしは砂粒の
ひとつとなって
他の無数の砂粒と
すっかり交じり
砂浜に
ざざん と海が鳴いたとき
風だけ吹いて
わたしの姿は消えていた
どこの場所にも わたしはいない

海のかなたへ
おおい と
呼びかければ
心はすでに
水平線に触れている
飛んでいったわたしの心は
また はるかかなたの
水平線を見つめている
おおい おおい と
わたしの声は
どこまでも、どこまでも遠く
飛んでいく
いつか誰かに届くよ と
わたしの声は飛びながら
深く浅く 夢を見ている

わたしの声が わたしの心が
いつか誰かに届くなら
それがあなたであればいい…

はるかかなた
海の向こうへ
おおい おおい と
わたしはあなたに呼びかけている



作者の解説
posted by bkntmrg at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

ノートから・詩「海草」

 海草
 
海の深い場所で 重く
 ゆらり 揺れる 海草のように
あなたを愛しています と
 そう告げてみても
あなたは信じては
 くださらない のかもしれません

熱をもった 緑
 たゆたうように 揺れる
  この 愛が
 わたし自身に向けられた
  ものよりも深いものかと
あなたはわたしに
 問うことすらも
  なさらない のかもしれません


海の深い深い場所で
 わたしが知っているものは
  音のない 深い青
  音のない 深い緑
 そしてわたし自身 のことだけ
遠い あなたを
 あるいは なにひとつ
  知ってなど いないのかもしれません

けれど わたしは
 あなたを愛したい

この場所からは
 どんなにゆらり 揺れてみても
  あなたには届かない
想い なのかもしれません
 これが 愛だと
あなたへの愛だと
 いつまでもどこまでも
  信じては もらえなくとも
わたしは愛を語りたい
 わたしの愛を
 わたしの心臓の音を
いつか あなたの もとへ
  いつか
 響かせたいと
今日もまた
 海の底で
  ゆらり
海草のように


海の深い 場所で重く
 ゆらりゆらり 揺れ
  わたしは かなしみと たわむれる
海の底から
 かすかに 霞む
気泡
呼吸する わたしから
 離れ
遙か上へ上へと
 あがって ゆきます
いつか空に繋がる 場所へと
 たどりつく日を 淡く夢見て


作者の解説
posted by bkntmrg at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年09月19日

ノートから・詩「台所」

 台所

コンロの火が 風で消えてしまうから
台所の窓は閉められている
いったい何人分の食事を
いままでつくってきたのだろう
これからつくっていくのだろう
夏は蒸し暑く 冬は足下から凍え
それでも いつまでもいつまでも
窓を閉め切った台所を
わたしは居場所としなけりゃならない

今 木のしゃくしで
かきまわしているのは
トマト みじん切りのにんにく
今夜の食事はパスタだけど
かの人は遠く
わたしは一人分の食事のために
使い込んだ流しの前に佇っている

パスタはやがて出来上がり
ひとり皿に盛りつける
コンロの元栓はもう閉めた
窓を開けると 風が吹いて
火照ったからだを包みこんだ
ああ こんなふうに 抱きしめられた
わたしは あなたのことを 想いだして
すずしくて やわらかい
風のなかで
静かに 涙ぐみ 頬笑む

やがて窓を閉める
パスタは少しのびてしまった
静かにフォークを取り出して
静かにひとり椅子に座る

何度でも何度でも
風を迎え入れることのない
窓を閉め切った台所に
わたしは佇つ
肉体があるかぎり
食べなくてはならず
パスタをゆでている間は
わたしは風にあたれないが
ああずっと 風に抱かれていたいのに
あなたを想う この心が
住んでいるのは この貧弱な
からだ

あーあ……。
パスタ 食べよ

窓のそとで
ほつれた簾の結び糸が
風に揺れている


作者の解説
posted by bkntmrg at 02:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年08月13日

愛の詩のはなし

 「愛の詩」と言われたとき、bkntmrgが思い出すのは、この詩でした。

 愛について   殿岡辰雄

ひとを
愛したという記憶はいいものだ
いつもみどりのこずえのように
たかく やさしく
どこかでゆれている

ひとに愛せられたというおもいは
いいものだ
いつも匂いやかな
そよかぜの眼のように
ひとしれず
こちらをむいて
またたいている

「愛」をいしずえとして
ひとよ
生きていると
いろんなことがあるものだ


   ★

 愛とは何か。詩とは何か。この問いに答えるのは、誰も難しい。
 しかしそれでも、bkntmrgは、良いもののように思っています。
 愛というもの。詩というもの。
 これらは、ひとの心を、時にふっと掬いあげて、あたため、休ませてくれるものだと。
 わたしたちの人生に、幅や深さを、豊かさを、与えてくれるものの一つだと。そう思っています。

 身や心を切り刻み、ひどく痛ませるもの。触れれば振り回されてしまうもの。伝わらなさに、悔しさをかみしめるもの。疲れ果て、傷つき果てる、その苦しみのもとになるもの。
 bkntmrgにとって、言葉というのは、時にそういうものです。
 そして、世にある、詩と呼ばれるもののその中には、わたしの心をあたためたり、しんと静かにさせてくれるどころか、凍えさせ、落ち着かなくさせるようなものが、多くあります。

 だけども、絶望なんかしないのです。
 愛についてが語られていて、わたしの心をやすませてくれる。こういう言葉の並び、こういう詩だって、あるのですから。

   ★

 上に全文引用した詩「愛について」は、出来ればわたしが書きたかった、というくらいに、とても好きな詩です。

 平易な言葉で書かれた、静かな詩。こういう言葉が、わたしは好きです。心が落ち着いていくのを感じます。
 愛とは。詩とは。そういう、難しい問いの外にある、良い詩だと思います。
 "本当のこと"が描かれている、とても良い詩だと思っています。
posted by bkntmrg at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年08月07日

 かなしみに包まれているとき、それとも、うれしさをかみしめているとき、私の掌は発熱します。
 心の核の部分が、静かに震え始めるとき、私の掌は熱くなります。

 私の心、私の思いというのは、この掌の熱のようなもの。掌から発せられる、このあたたかみのようなものです。
 そしてそれは、私が日々紡いできた言葉では、表すことは出来ていなかったのだなと。
 いま私は、そんなことを思っています。

 この掌の熱を、いつか言葉にして、表すことが出来るでしょうか。
 いま頬で感じている、このあたたかみのことを。
posted by bkntmrg at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年08月01日

帰りたい

 おうちに帰りたい、と泣き出してしまっている人の前で、私は、静けさになるしかない。

 いつか萌え出づる若葉だった葉が、風に吹かれ、色を変え地に落ちる。
 枯れ葉。君らの帰る場所は大地だろうか。
 まだ樹の大きな枝にいるときに、遠い場所へ帰りたいと、君らも泣いたことがあっただろうか。

 夕暮れに、おうちに帰りたいと泣く人を前に、私は黙ってしまうしかない。

 私も帰りたい。私のおうちへ。生まれる前の、遥か遠い場所へ。

 帰りたいと涙を流す人を前に、私は、静けさそのものになって、佇むしかない。
posted by bkntmrg at 03:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年07月10日

見つめているもの

 私の好きな「しずかな夫婦」という詩を書いた天野忠さんに、「勇気」という、これまた好きな詩がある。
 老いや死を見つめた詩で、しかし最後の三行で、生きる勇気に繋がるという、とても良い詩なのだが…。

 老いや死。これは、最近私が見つめるものである。
 子をもうけて育てる生命のバトンは、今のところ私は止めてしまうかもしれず、だからとりあえず置いておいて、老いや死を書けないだろうか、と。

 私にとっては、生きる姿勢は詩へのそれと別ものではなく、だから詩への思いに、生活も変わっていくだろうと思う。

posted by bkntmrg at 02:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年07月07日

詩の朗読「自転車の、ベル」

  (MP3形式・1.25MB)

 メインサイト「ぼくのとまりぎ」より、「自転車の、ベル」です。


 手元にフランス語の辞書がありまして、いま、自転車(bicyclette)という単語を調べてみたのですが、女性名詞、とありました。
 詩の中の"わたし"は、"彼"と呼んでいますね。

 ところで、この詩のなかの自転車には、実はモデルがいます。
 何年もbkntmrgの家で愛用された、ぼろの自転車がそうです。
 冬には、ミノムシが住み着いてしまうような、なかなか良い奴だったのですが、盗まれてしまいました。その"彼"を思い浮かべて書きました。
 しかし、詩のなかの"わたし"というのは、bkntmrgとは限りません……と書いておきます……。
posted by bkntmrg at 22:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

詩の朗読「ひしゃく」

  (MP3形式・3.0MB)

 メインサイト「ぼくのとまりぎ」に載せている詩、「ひしゃく」の朗読です。長さは 3分44秒です。


 この作品は、ある醒日に、出来ました。"醒"という字を眺めていて思い浮かんだ、わたしの情景です。
 ちなみに、醒日というのは、"酒に酔わない日"の意味。


 手をのばしても、決して届かない。
 そう、醒めて知っているけれど、彼女は毎夜、戯れに、切実に、夜空を見上げているのです。
 七夕の夜、彼女は他ならぬ、星に会いたい…。


 朗読についてですが、この詩については、音声のみではなく、舞台の上でやりたいな、と思いました。
 もしも舞台でやるのなら、作中の彼女のように、天に仰いで、両手を差し出してるbkntmrgを、お目にかけられると思います。そしてその方が、きっと、よく伝わると思うな。
posted by bkntmrg at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

詩の朗読「空へ」

  (MP3形式・1.3MB)



 「空へ」

ありがとうも ごめんなさいも 言いません
ただ わたしがここにいる
それだけです

からっぽになったわたしの心は
視線の向かう先だった
空の深い場所へと
最初から
じっとみつめていた場所へと
いつか
つながってゆく

言葉の花束は わたし自身へ
わたしならば 空へ
わたしの名前なら あなたに

それぞれもらってもらいたい


★★★


 メインサイト「ぼくのとまりぎ」に載せている詩です。

 詩作品としては、これが決定稿ですが、詩の朗読・音声ファイルとしては、いまだ発展の途上にいます。
 今後、何度も録りなおすつもりです。
posted by bkntmrg at 01:48| Comment(0) | TrackBack(1) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年06月22日

したためる

tompa01.gif

 わたしは学がありませんで、ドイツ語は「いっひりーべでぃっひ」しか知らないし、フランス語なら「じゅてーむ」しか知らない。韓国語なら「さらんへよー」。知っているのは、それくらい。

 それで、この絵は、トンパ文字です。
 トンパ文字で、秘めたる思いをしたためてみました。えへへ。

tompa02.gif

 これは、わたしの願い事。
 「わたし、祈る、あなた、しあわせ」と繋げています。
 あなたが、おしあわせでありますように。
posted by bkntmrg at 21:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年06月05日

ニシンソバ

 ある春の日、わたしはひとり京都の町を歩き、そして、是非ともやらねばならぬことがありました。
 わたしはまず、なんということもないような蕎麦屋を見つけなくてはなりませんでした。

   ★

 天野忠さんという詩人に「しずかな夫婦」という詩があります。それはわたしの好きな詩で、それには、ある印象的な会話が出てくるのです。

――ニシンそばでもたべませんか と私は云った。
――ニシンはきらいです と娘は答えた。


 「結婚よりも私は「夫婦」が好きだった。/とくにしずかな夫婦が好きだった。/結婚をひとまたぎして直ぐ/しずかな夫婦になれぬものかと思っていた。」
 このように語る"私"は、上記のようなとぼけた会話の相手と、見合いを経て結婚をします。そして、決してしずかではない人生をおくります。
 子供が生まれ、戦争にまきこまれ、貧乏と病気には絶えず仲良くされ……。
 そして、兎にも角にも時は流れて、子供たちはいつしか遠くへ行き、六十歳も過ぎて……。その時、再びあの会話が繰り返されます。

夫婦はやっともとの二人になった。
三十年前夢見たしずかな夫婦ができ上がった。
――久しぶりに街へ出て と私は云った。
   ニシンソバでも喰ってこようか。
――ニシンは嫌いです。と
私の古い女房は答えた。


 うまく紹介できない自分がもどかしくてなりませんが、この詩、とても良い詩なのです。
 長い年月をともにして、いつしか出来上がる「しずかな夫婦」の姿が、わたしにはとてもまぶしい。
 「貧乏と病気が仲良く手助けして/私たちをにぎやかなそして相性でない夫婦にした。」
 こんな二行を読むにつけても、(ああ。夫婦って、良いものなんだろうなぁ…)とため息ついてしまうわたしなのです。

 そして、この夫婦二人の、おかしいようなかなしいような、そんなニシンソバのやりとりが、わたしの心を捉えてやまないのです。
 元は他人の二人が、縁付いて"夫婦"というものになる。そのことの不思議さなども、感じさせてくれる、わたしの好きな詩のひとつです。

   ★

 ある春の日、京都の町でわたしは、"あのニシンソバ"を食べなくてはならなかったのでした。

 延々歩いて、なんということもないような蕎麦屋をやっとのことで見つけました。
 なんということなく入りました。
 「ニシンソバを下さい」
 出された水を思わずごくごく飲んだ後、メニューも開かずにわたしは注文しました。
 すると、
 「ニシンが入っていますけど?」
 という、店の人のなんとなく変な返事。
 「…そ、それで結構です」

 しばらくして運ばれてきたニシンソバは、美味しいものではありませんでした。
 だけども満足して、わたしはその日の宿へと帰ったのでした。
 
 8年も前のことです。
 桜が満開の哲学の道を歩いた記憶とともに、時折ふと思い出します。(ニシンソバ、ニシンソバ…)とひとり炎天下を歩き回った、暑い一日でした。
posted by bkntmrg at 15:02| Comment(4) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年04月28日

虹じゃないよ

 幼い女の子の声が聞こえる。
 「ねえ、虹がでてるよ」
 周囲の皆が、空を見上げる。
 母親の声がする。
 「虹じゃないよ。あれは、夕焼けだよ」
 皆で、空を見ている。静かな水色の空に、茜色の光と淡い雲。
posted by bkntmrg at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする

2005年04月21日

詩の朗読「まだ見ぬ遠いふるさとを」

  (MP3形式・1.43MB)



 まだ見ぬ遠いふるさとを

どこに行っても
懐かしむ
まだ見ぬ遠い
ふるさとのこと

特別厚い毛布もなく
特別豪華な食事もなく
ただ そこには
やさしい風がふいていて
やさしいささやき きこえてくる

おはよう 今日も
いい天気だね
おやすみ 小雨が
降ってきたね

大きな声を出す人もなく
無言をつらぬく人もなく
ただ そこには
さやかな小川が流れてて
静かなうた きこえてくる

夕顔の 白い花が
咲いてたね
やあ 山が
日に日に紅く
染まってゆくね

まだ見ぬ遠いふるさとに
いつも思いを馳せている

熱く流れる涙でもなく
あふれこぼるる 笑顔でもなく
ただただ ほのかに
ふっと瞳を閉じたまま

ただ そこには
やさしい風がふいていて
枯れ葉がときおり舞っている

流れる言葉より先に
もれ落つ嘆きより先に
わたしはあなたを
恋い慕う

どこにいたって
懐かしむ
いつかかえる
ふるさとのこと


★★★

 メインサイト「ぼくのとまりぎ」に載せている詩です。

 
posted by bkntmrg at 18:37| Comment(4) | TrackBack(1) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。