2006年06月12日

かわいそに

404883861X 田辺聖子さんの「残花亭日暦」を読みました。図書館でふと手にして、ぱっと開いたその頁にある歌がのっていて、それをすぐに大好きになったためです。わたしはその本を、立ち読みするのではなく、ちゃんと借りて、家でじっくり読むことにしました。
 最初にわたしの目に飛び込んできて、そして大好きになったという歌とは、こういうものでした。
「いささかは 苦労しましたと いいたいが 苦労が聞いたら 怒りよるやろ」

 重みと軽さを持つ、こういった表現に、bkntmrgは憧れてやまないのです。

 家に帰りつき、ちゃんと読み始めれば、この本は田辺さんの日常をえがいた日記エッセイであり、そして主には、夫との別れが綴られているということがわかりました。
 夫の入院、看病、死別。こう並べられると、かなしみや苦しみ、というものばかりが連想されるでありましょうが、この本にあるのは、そういうものではありませんでした。かなしみというのではない何ものかが、bkntmrgを涙ぐませました。それは、愛別離苦の共感、というものとは、少し違うのです。
 入院をしている夫のところへ、田辺さんが行きます。これは、夫の死の二ヶ月半前の日付の日記からの引用です。文中の"彼"というのは田辺さんの夫のことです。
 テレビの音は絞ってあって、病院内は静かだった。広い窓の外は半分、夕焼け。そんなつもりはなかったのに、傍の小椅子に坐り、おだやかな表情の彼を見るうち、子供のように顔が歪んで、涙が出てしまった。彼は私に目を当て、ゆっくりと一語ずつくぎりながらつぶやく。
<かわいそに。
 ワシは あんたの。
 味方やで。>
 ――ここでわッと泣ければよかったのだが私は涙が引ッこんで、思わず笑ってしまい、
<なにも五七五でいわなくてもええやないの、パパ!……それ、川柳のつもり!?>
 うるわしい夫婦愛の愁嘆場がお笑いになって、彼もにやりとした。そして再びいう。
<アンタかわいそうや、いうとんねん>
<?>
<ワシはアンタの味方や。それ、いいとうて>

 夫の来るべき死を思い、妻が泣いてしまう。それを見て、かわいそうや、と言う夫。こんなふうに解説すれば、とても重いですが、この夫婦のやりとりは、ひたすら軽さがあって、かつ思いやりに満ちています。bkntmrgは、本当に憧れてやみません。
 そして思わず、わたしは自分自身を想うのです。
 「かわいそに。ワシは あんたの。味方やで。」
 こんなふうに言ってくれる人が、傍にいてくれていたなら、いてくれるなら、どんなにかいいだろう。
 「残花亭日暦」は、田辺聖子さんの他のあらゆる著作となんら変わりのない、良い本でした。肩から力が抜けた、笑いと愛情の本。ある夫婦の、ある男と女の、別れの話。重みと軽さをあわせもつ、bkntmrgが憧れてやまない、人と人との繋がりの描かれた本でした。
posted by bkntmrg at 00:40| Comment(2) | TrackBack(0) | わたしの本棚から | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いい話ですね。
かなしみってずんと心が沈みこんでいくだけではないな。
そういうことはずっと以前から思っていました。
そして最近になって気付いたのが、
かなしみは喜びとか感謝とか
そういう気持ちも連れてくるんだということです。
別れを思うととてもかなしいのだけれど、
よくぞこんな出会いふれあいが出来たものだと、
それは思えばとても奇跡的なことで、
だから喜びとか感謝とか、
かなしみと同時にそんな気持ちを感じざるを得ない。

以前恥ずかしながら涙もろいなんて書き込みをしたことがあると思いますが、
一人で涙を流すときかなしみを感じるとともに、
なにやら喜びとか感謝とかを感じて幸福な気持ちになります。

田辺聖子さんのこの日記からは、
お互いに喜びと感謝を噛み締めているんだなということが読み取れます。
Posted by せいや at 2006年06月12日 17:20
せいやさん、こんばんは。

「かなしい」という言葉は、"悲"と"哀"と、二つ漢字がありますね。
また、愛と書く、「かなし(愛し)」というのもあります。
それぞれの字の意味や、なりたち、他の使われ方などを観ていってみても、
この「かなしい」という言葉の広さや奥行きに、触れたような、
そんな気になります。

そうですね。ただ心が沈むというだけのものではない、ですよね。
わたしもそう思います。
かなしいという気持ちは、ひとの心をあたためることもあります。
かなしみというものが心に起こって、その原因をさぐっていくうちに、
喜びや感謝の気持ちに辿り着いた……。そういうことも、
あるとわたしも思います。


この本ですが、やはり、文中に二度引用している夫の台詞の部分です。
「かわいそに。ワシは アンタの。味方やで。」
自分のことは置いておいて、誰かのことを想う。味方だ、と言う……。
田辺さんの夫の言ったこの言葉は、
ひとの"やさしい"ということの、芯に触れるような、
そういう言葉であったという気がします。
心が震えて、涙ぐみました。

そして、こんなことを言ってくれる人がそばにいる、ということ。
そういう人と出会った、ということ。
これが、本当に得難い、しあわせなことですよね。
この本は、死別のことなどが書かれてあるというのに、
bkntmrgは、とてもうらやましかったです。
味方だと言ってくれる人が、ただひとりでも、傍にいたなら、
誰ももう少し勇気を持って、生きていけるんじゃあないかな。


お返事、遅くなってしまってごめんなさい。
コメント、ありがとうございました。(^-^)/
Posted by bkntmrg at 2006年06月19日 01:51
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