2009年12月13日

夜の海の夢

 私は夢のなかで一人の男を前にしていた。男は水着姿で、頭には水泳帽をかぶっていた。場所は夜の海だった。私は彼の人の後を追い、ざぶりと海に入っていった。だからつまり私も水着を着ていたのだろう。だが、はっきりとはわからない。波に体を翻弄されながら、私は彼の人の後ろ姿をずっと見ていた。彼は泳ぎがうまかった。私は泳ぎが得意ではないのだが、夢のなかの私もまた、泳ぐのは苦手だと思いながら泳いでいた。彼の人のあとを、平泳ぎでついていった。その場には私と彼だけでなく、他にも幾人かいて、皆がどうやら仲間であるようだった。そしてやがて、大きな波が来た。生ぬるい大きな波に、皆がたじろいだことがわかった。そして、その波に飲まれたのは自分だけだとも私にはわかった。
 波に飲まれ、私は海に沈んでいった。羽毛が地にゆるやかに、まっすぐと落ちていくように、音もなく、底へ沈んでいくのだ。底についてしまえば足で蹴って、水上に浮かび上がれるだろうと考えた私は、まったく慌ててはいなかった。夢の中だからだろう。本当ならば溺れているに違いないのだ。私は海の底を待っていたがなかなか着かなかった。どこまで沈むのか、私は上を見上げて、そして焦ることにした。沈む途中で手で羽ばたくようにして、上へと浮かぼうと努めた。それはやはり夢のなかの出来事だった。私は恐怖に取り付かれることなく、海水を飲むこともなく、徐々に浮上していった。
 夜の海のなかからは何も見えないのではなかった。月明かりが海を照らし、私はそこを目指した。きらきらと光る空に向かった。そして、そろそろ水面にたどり着こうとしたとき、私は目を閉じた。ざぶん、と顔を出した。息苦しさはなかった。ただ私は、彼の人の視線を気にしていた。私はきれいに浮かび上がれただろうか。私は事も無げに息を吸い、ぐるりと見渡す。私が海中に沈み、生と死の狭間にうっすらと存在していた時間は、ほんの十数秒のことだったのだろう。皆、私が再び現れ出たことに安堵すらしなかったように見えた。
 月明かりだけが私たちを照らしていた。彼の人の横顔が見えて、そして彼は振り返った。私は平泳ぎで近寄って行き、彼の首に抱きつくようにした。彼の人はそのまま泳いだ。そのまま数メートル進んだだろうか。たのもしかった。私は自身の行為を馴れ馴れしく感じ、腕を放した。しかし放す前も放した後も、彼は嫌がってなどいなかった。彼の横にいる私は自然だった。私が夜の海を泳いでいるのは、彼が夜の海を泳いでいるからだった。波に体を翻弄されるがままで、私は何とも言えずしあわせだった。
posted by bkntmrg at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | scene | 更新情報をチェックする
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