2009年02月20日

静かに泣いている

 どうしてと訊けば、きっと困らせてしまうのだろう。台所の椅子に座り日の当たる庭を眺めていると、気付けば女の子がすぐそばまでやってきていて、静かに泣いていた。それはまるで、風に乗ってふわりと部屋に入り込んできた葉のひとひらのようだった。静かだった。いったい何を見ているのだろう。私が眺める庭のほうを、彼女も向いている。
 葉ずれの音が聞こえる。かすかな風を肌に感じる。女の子はテーブルの向こう側にいて、そのまま動こうとしない。ただ泣いている。ときおり右手の袖でぬぐうのは顎であり、目でも頬でもなかった。私は彼女の涙をそっと見た。どこから来た女の子なのだろう。遠くから聞こえる子らの声は、彼女のともだちだろうか。
 私は再び庭に目をやった。夫の帰りにあわせ夕飯の下準備をし、そして窓を開け庭を見ていたのだ。可憐な花かんざしや、木々の間の緑の光を。そういうものを、葉ずれの音を聞きながら、私はぼんやりと見ていたのだった。
 女の子の存在を思った。どうしてなのかはわからないが、女の子は、私とこの場所を選んだのだ。女の子は泣いていた。手を伸ばせば届くであろうすぐそばで、女の子は私と同じく庭のほうを見て、ただ涙を流しているのだった。
 台所の椅子で、うとうととしていた。夕飯の支度の時刻になっていて、女の子はいなくなっていた。
posted by bkntmrg at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | scene | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

種の話

 手に種を持っていた。それが必ず芽を出すということを彼女は知っていた。彼女は場所を探していた。
 そこは丘の上だった。右には海が見えていた。左には山や公園や家々が見えていた。大きな木と木のあいだ、一日のうちに、太陽の光を存分に受け、あるいは木の陰にゆったりと休める。彼女はその場所を種の場所に決めた。
 折れて地の上にあった木の枝をひろいあげて、それで土をごりごりとかいた。湿り気を十分に見るまでごりごりとかいて、種をそこに置いた。土をかぶせた。
 じょうろは持っていなかった。途中の水飲み場まで引き返して、両手で水をくんで戻った。二度、同じように水をやった。種を植えた場所には目印はいらなかった。彼女だけがその場所を知っており、彼女だけがその種を大事に思っていた。
 見知らぬ誰かが別の何かを期待してそこを掘り返すことのないように、慎重に元のように戻した。ごりごりとかいた土は手のひらでならし、ぱんぱんとたたいた。これでいいと思った。ここがあの種の場所だと思った。海からの風と、街からの風の吹く、良い場所だと思った。
 帰りがけ、見知らぬ老いた男から声をかけられた。すぐに暗くなるのでお帰り。彼女はこたえる。はい、これから帰ります。男がさらに言った。そうしなさい。しあわせになんなさいね。はい、と返事をする前に、老人はもう背を向け歩き出していた。彼女も家へと向かった。
posted by bkntmrg at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | scene | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。