2008年07月15日

素朴な女性

4101302723 一作一作を読み終えながら、心に残るのは、バルサのあたたかさや穏やかさ、そして素朴さなのです。

 バルサは三十過ぎの女性です。≪短槍使いのバルサ≫と名を知られる、凄腕の用心棒です。
 彼女は非常に俊敏です。何にも無駄がなく、いつでも醒めています。殺伐とした世界の真ん中あたりを、時に傷つきそして傷つけながら、すいすいと歩んでいるのです。
 しかし、そうだというのに、彼女は素朴です。彼女を思うとき、その素朴さやあたたかさや穏やかさを、忘れることが誰も出来ない。バルサは魂の奥のほうには激しいものをも持っているのですが、しかし彼女は、落ち着きのある聞きやすい低い声をした、人に安心すら与える女性なのです。

 たいへんな人生を負っている彼女だというのに、この素朴さ、このあたたかさや穏やかさは、どうしてなのでしょう。たくさんの血が流れる世界をすいすいと生きているバルサに、読者のわたしまでもが、信頼の心を持つのはどうしてでしょう。

 上橋 菜穂子 『精霊の守り人』 のシリーズを読んでいます。主人公のバルサがとても魅力的で、わたしはずっと彼女に触れていたい。読み終えてしまうのが残念で、熱心に、そしてちびちび読んでいます。

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2008年07月11日

水底から浮かびあがる泡のよう

 それを考えてみたとしても、なにか良いことが起こるということはないのだ。だのに、人はどうして思うのだろう。愛というものについて。
 愛とはなんだろう。私の人生のうちに、その問いや、答えや、それともそのものが、幾度も現れたという気がする。そしてそれはいつも、音無く水底から浮かびあがる泡のようだった。
 愛とはなにか。問いとともに、幾つもの答えが水底からあらわれる。そして水面近くで、季節に沿って光をかえし、消える。手のひらに残るのは、ただ気配だけだ。愛というものに触れようとした、熱を持つ、その。
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2008年07月09日

沈黙よりも…

 沈黙よりもうつくしい言葉、沈黙よりもやさしい言葉が、わたしから溢れ出ればいいのに。沈黙より静かで、沈黙よりおだやかな……。そんな言葉が、わたしの心、わたしの瞳、わたしの指先から。

 歩いて帰る。初夏のあたたかな風が、暮れかけの小さな町によく似合っている。
 駅から、家まで。ずっと空を見上げていた。

(2008/05/10)
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2008年07月06日

傷つけた日のこと / 自由になれない心と、痛みと

  傷つけた日のこと

 「遅れた時計直すよに 人を傷つけた日もある」

 村下孝蔵さんの『かげふみ』という曲のなかにある歌詞です。こういう言葉を話す村下さんのことが、bkntmrg はとても好きです。
 遅れた時計を直すように。
 なんの熱も持たずに、それがまるで当然のことのようにして。そんなふうに、人を傷つけてしまったことがわたしにもあっただろうなあと思います。今までの人生のなかで。
 いくつかの季節を経て、わたしの心には、誰かを傷つけてしまったことの傷が、やはり眠っています。時が癒したほかは、決して消えてしまうということもなく。
 そして時々、かなしい気持ちに、少しなります。


  自由になれない心と、痛みと

 傷ついてしまったときに、わたしは出来れば、"わたしの痛み"ではなくて、より広く"ひとの痛み"のことを思いたいなと。いつも、そんなことを考えます。そう願っています。
 だけども、むずかしいですね。わたしもやはり、"わたしの痛み"から自由になれずに、誰かのことを責めたい気持ちになっていることがあって、そして、それはしばしばです。

 自由になれない心と、痛みとを抱えて、そういう日は、どうしたらいいのでしょうね。
 夕飯を食べ、入浴をして、どこかにいる自分の分身のことを少し思い、そして眠る。対処法は、そんな感じかなあ。
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2008年07月04日

勇気について

 空港の待合室だった。私たちはソファで寄り添って座り、出発の時刻までを過ごしていた。彼が胸をかしてくれた。私は彼の胸にもたれていた。瞼を閉じ、うつらうつらとしていた。
 その時のことだ。その時、私が考えていたのは、勇気についてだった。とくとくとく。と、彼の心臓の音が聞こえていた。

 自分ひとりが弱い人間だと思っているときや、自分ばかり強い人間だと感じているとき、私はいつも、さみしさに襲われる。だがたぶん、大丈夫なのだ、と思ったのだ。そうしてさみしさに襲われて、ひとり天を仰ぐときがこの先何度もあったとしても、私は生きていける。
 あの時の、彼の胸のあたたかみ、彼のあたたかな心臓の音。あの瞬間を、いつでも思い出せる。生きていける。いつか深い孤独を感じても。かなしみの波にのまれても。

 空港の待合室のソファだった。寒い季節だった。寄り添って座り、私は彼の胸にもたれて、あわい眠りを眠ろうとしていた。
 あの時、彼の心臓の音をきいて、そして、詩を書きたいと思った。彼の胸のあたたかみや心臓の音。そういう詩を書きたい。そういう、勇気についての詩を。
posted by bkntmrg at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉 | 更新情報をチェックする
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