2009年12月13日

夜の海の夢

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2009年09月04日

歌詞をつくる試み / 『あたたかな海辺の町』

 誰のなんという著書であったかは思い出せないのですが、それはエッセイ集でした。そのなかに、「あたたかい海辺の町」というフレーズがあって、その時、わたしは思ったのでした。これで作ってみたい。書いてみたい。
 詩ではなくて、歌詞です。メロディをつけるつもりで作った文字列です。

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posted by bkntmrg at 23:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・うた・言葉

2009年08月24日

あなたのゆめ きかせて

あおぞらを はるかとおく
ながれていく しろいくもに
たくしたものは ちいさなてがみ
のにさくはなの うすいびんせん
ゆうだちに ぬれたりしないで
めざめたおもい かれのもとへ

きれいなうた ひびくように
かなたまで とんでいって
せかいでひとり こいしいひと
てがみを とどかせたいひとへ
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2009年08月23日

夏休みの思い出

 ラジオ体操を終え弟と私が帰ってくると、台所で大きな音がしている。途端に嬉しくなってしまう。台所へ駆け込むと、そこには出勤前のスーツ姿の父がいて、立ってタバコを吸っている。そして母がトマトジュースを作っている。ぎゅわーんぎゅわーんという大きな音はジューサーの音だ。八分割したトマトをジューサーに放り込み押さえつけるたびにぎゅわーんと大きな音がする。ジューサーのそばで、私たちは待っている。トマトジュースはトマトの赤よりも淡い色で出来上がる。コップに注ぎ、氷を二つ三つ入れ、長いスプーンでよく混ぜながら飲む。一杯目は出勤する父。二杯目と三杯目は母は弟と私にくれる。四杯目は母が飲む。
 わたしの、夏休みの思い出。家族がそろっていたあの頃が、懐かしい。あのトマトジュースが懐かしい。
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2009年08月14日

2009年04月09日

思い出

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2009年02月20日

静かに泣いている

 どうしてと訊けば、きっと困らせてしまうのだろう。台所の椅子に座り日の当たる庭を眺めていると、気付けば女の子がすぐそばまでやってきていて、静かに泣いていた。それはまるで、風に乗ってふわりと部屋に入り込んできた葉のひとひらのようだった。静かだった。いったい何を見ているのだろう。私が眺める庭のほうを、彼女も向いている。
 葉ずれの音が聞こえる。かすかな風を肌に感じる。女の子はテーブルの向こう側にいて、そのまま動こうとしない。ただ泣いている。ときおり右手の袖でぬぐうのは顎であり、目でも頬でもなかった。私は彼女の涙をそっと見た。どこから来た女の子なのだろう。遠くから聞こえる子らの声は、彼女のともだちだろうか。
 私は再び庭に目をやった。夫の帰りにあわせ夕飯の下準備をし、そして窓を開け庭を見ていたのだ。可憐な花かんざしや、木々の間の緑の光を。そういうものを、葉ずれの音を聞きながら、私はぼんやりと見ていたのだった。
 女の子の存在を思った。どうしてなのかはわからないが、女の子は、私とこの場所を選んだのだ。女の子は泣いていた。手を伸ばせば届くであろうすぐそばで、女の子は私と同じく庭のほうを見て、ただ涙を流しているのだった。
 台所の椅子で、うとうととしていた。夕飯の支度の時刻になっていて、女の子はいなくなっていた。
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2009年02月19日

種の話

 手に種を持っていた。それが必ず芽を出すということを彼女は知っていた。彼女は場所を探していた。
 そこは丘の上だった。右には海が見えていた。左には山や公園や家々が見えていた。大きな木と木のあいだ、一日のうちに、太陽の光を存分に受け、あるいは木の陰にゆったりと休める。彼女はその場所を種の場所に決めた。
 折れて地の上にあった木の枝をひろいあげて、それで土をごりごりとかいた。湿り気を十分に見るまでごりごりとかいて、種をそこに置いた。土をかぶせた。
 じょうろは持っていなかった。途中の水飲み場まで引き返して、両手で水をくんで戻った。二度、同じように水をやった。種を植えた場所には目印はいらなかった。彼女だけがその場所を知っており、彼女だけがその種を大事に思っていた。
 見知らぬ誰かが別の何かを期待してそこを掘り返すことのないように、慎重に元のように戻した。ごりごりとかいた土は手のひらでならし、ぱんぱんとたたいた。これでいいと思った。ここがあの種の場所だと思った。海からの風と、街からの風の吹く、良い場所だと思った。
 帰りがけ、見知らぬ老いた男から声をかけられた。すぐに暗くなるのでお帰り。彼女はこたえる。はい、これから帰ります。男がさらに言った。そうしなさい。しあわせになんなさいね。はい、と返事をする前に、老人はもう背を向け歩き出していた。彼女も家へと向かった。
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2008年07月15日

素朴な女性

4101302723 一作一作を読み終えながら、心に残るのは、バルサのあたたかさや穏やかさ、そして素朴さなのです。

 バルサは三十過ぎの女性です。≪短槍使いのバルサ≫と名を知られる、凄腕の用心棒です。
 彼女は非常に俊敏です。何にも無駄がなく、いつでも醒めています。殺伐とした世界の真ん中あたりを、時に傷つきそして傷つけながら、すいすいと歩んでいるのです。
 しかし、そうだというのに、彼女は素朴です。彼女を思うとき、その素朴さやあたたかさや穏やかさを、忘れることが誰も出来ない。バルサは魂の奥のほうには激しいものをも持っているのですが、しかし彼女は、落ち着きのある聞きやすい低い声をした、人に安心すら与える女性なのです。

 たいへんな人生を負っている彼女だというのに、この素朴さ、このあたたかさや穏やかさは、どうしてなのでしょう。たくさんの血が流れる世界をすいすいと生きているバルサに、読者のわたしまでもが、信頼の心を持つのはどうしてでしょう。

 上橋 菜穂子 『精霊の守り人』 のシリーズを読んでいます。主人公のバルサがとても魅力的で、わたしはずっと彼女に触れていたい。読み終えてしまうのが残念で、熱心に、そしてちびちび読んでいます。

posted by bkntmrg at 22:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | わたしの本棚から

2008年07月11日

水底から浮かびあがる泡のよう

 それを考えてみたとしても、なにか良いことが起こるということはないのだ。だのに、人はどうして思うのだろう。愛というものについて。
 愛とはなんだろう。私の人生のうちに、その問いや、答えや、それともそのものが、幾度も現れたという気がする。そしてそれはいつも、音無く水底から浮かびあがる泡のようだった。
 愛とはなにか。問いとともに、幾つもの答えが水底からあらわれる。そして水面近くで、季節に沿って光をかえし、消える。手のひらに残るのは、ただ気配だけだ。愛というものに触れようとした、熱を持つ、その。
posted by bkntmrg at 20:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 笹舟にのせて…

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